昆虫と人間をめぐる旅『虫食む人々の暮らし』民族昆虫学の第一人者・野中 健一さん 【ナゴヤビトブックス #7】
ナゴヤに縁のある様々なジャンルの書籍を著者へのインタビューを通じてご紹介する「ナゴヤビトブックス」。第7回は、野中 健一さん著書の『虫食む人々の暮らし』をご紹介します。
「クロスズメバチ」のことを、方言で「ヘボ」と言います。尾張・岐阜県に接する三河北部・岐阜県東濃地方での方言です。
野中 健一さん ご経歴
1964年、愛知県生まれ。名古屋市立向陽高校卒業。
名古屋大学文学部卒業、文学研究科博士課程中退。
北海道大学、名古屋大学、三重大学、総合地球環境学研究所(京都)での勤務を経て、立教大学文学部教授(文化環境学)として現在にいたる。専攻は地理学、生態人類学、民族生物学。民族昆虫学の第一人者。自然と人間との関わり合いをテーマに、身近な生物の利用、環境認識、地域文化資源について、地理学の視点から、日本、東南アジア、南部アフリカ、パプアニューギニア、メキシコなど世界各国でフィールド調査をし、「生き物と人々の関わり」を中心に研究を続けている。
世界中にある昆虫食。自然と五感で交わる昆虫食をめぐる旅
――著書『虫食む人々の暮らし』はどのような内容でしょうか?
世界各地、そして日本各地を巡り、思いもよらぬ昆虫料理に出会ってきました。そこで、人間と自然との関係が作られるプロセスを知ることができました。本著は、そんな昆虫と人間をめぐる旅の本ですね。内容は、私が各地のフィールドワークで見き聞したことや、現地の人びとから教えていただいたことを誌しました。
私の祖父は、岐阜県多治見市の生まれで、蜂の子(ヘボ)とり名人でした。「ヘボ」が研究のテーマになると気付き、各地に昆虫食文化を求めて調べていきました。
アフリカ、そして東南アジアへも行きましたが、いろんな虫が食べられていて、どこでも虫は「ごちそう」でした。虫を食べるのは、他に食べ物がないからではなく、豊かな自然の中で選んで得られるものであり、季節の味わいであり、それを採る楽しみでもあります。人々の身近な自然に関わることのおもしろさ、知識と技術の豊かさ……小さな虫からそんな深い文化がみえてくるんです。
ある国ではカメムシだって食べてしまうんですよ。
本の中で、南アフリカ共和国では、干しかめむしのおつまみを作っていると出てきました。食感が「サクサク感の混じったもの」味は「まろやかなバターピーナッツ」のようなものと表現されており、そんな風に美味しく作れる技術があること、すごいと思いました。
虫を美味しく食べるための知識や技術は素晴らしいです。たいした量でなくてもこだわりをもって食べる、自然の恵みをいかに活用するか。虫をごちそうとする人々の気持ちから、自然と関わることの面白さや素晴らしさが見えてきます。
この本を書くことで、研究成果とは別に、研究を通じて考えてきたことを整理することができました。この本は、私のその後の研究や人生の方向付けへのマイルストーンとなりましたね。
昆虫食を通して文化の多様性とおもしろさを伝える
―― この本を出版したきっかけは何だったのでしょうか?
この本を手掛ける前に、専門書『民族昆虫学―昆虫食の自然誌』(東京大学出版会)を上梓しました。その際に、東大出版会のPR誌に書いたエッセイをみたNHK出版の編集の方から、「プルーストの『失われた時を求めて』を彷彿させる」とのことで、書いて欲しいと言われたのがきっかけです。
昆虫食といっても、虫のことを説明したり、虫を食べようと勧めたりするものではなく、虫を食べることから、自然の豊かさやおもしろさに気づき、それを食べ物としてきた人たちの知識や技術のすばらしさ、そうした文化の多様性のおもしろさと大切さを伝えよう!と思いました。
本のおまけは、本物のイモムシのストラップ?
―― 『虫食む人々の暮らし』の裏話をお聞かせください
こんな本は売れないだろうと、他にはないおまけを付けることを思い立ちました。
本に登場する南アフリカのモパニムシ(イモムシ)の乾燥品(食用)をレジンでコーティングしてストラップにし、本著のイラストを描いていただいた柳原望さんにパッケージデザインを作ってもらい、ジュンク堂書店 池袋本店などに置いてもらいました。それがけっこう人気となり、モパニムシ・ストラップのみも販売されるようになりました。
今まで生きてきた中でお目見えしたことがないです…!!!
かなり斬新なおまけですね。
これをきっかけに、ジュンク堂ではちょくちょくブックフェアを開催するようになりました。このおまけグッズがおもしろく、後の本にもつけるようになりました。
池袋のジュンク堂さんでは、他にも、地理学フェア、林業フェア、アリハチフェア、昆虫食フェア、ジオラマフェア……などなど開催されているんですね。
2018年には「大名古屋フェア」も開催されていますし、書店さんのパワー素晴らしいですね。
あとは、人文地理学会賞をいただきました。それまで学会では「なんで昆虫食をテーマにするんだ」と否定的にうけとめられていましたが、認められてうれしかったですね。
私の専門は地理学ですが、この本は、入学試験問題の国語の問題にもちょくちょく使われています。大学のみならず、大学院、高校、中学と幅広いですね。私自身は、学生時代、文章のひどさに先生方からしょっちゅう苦言を呈されていましたが、それが今や国語の試験問題で使われるようになるとは!不思議なものですね。
―― 本著のイラストは、漫画家の柳原望さんが描かれているんですね
はい、以前ナゴヤビトブックスにも登場した漫画家の柳原望さんに描いていただきました。このときは厳選しようとの編集者の意向で、思考を示すイラスト2点が大事なところで使われています。
その後、拙著『昆虫食先進国ニッポン』や『虫はごちそう!』では柳原さんにイラストをたくさん描いてもらい、イラストならではで、全体と細部を同時にとらえてわかりやすく説明することができるようになりました。ここから「地理絵 geographical illustration」を提唱し、国際会議でも発表し、英語での出版にも繋がりました。
柳原さん著者の漫画『高杉さん家のおべんとう』には、岐阜県恵那市串原のヘボまつりや、名古屋郊外でのイナゴとり、ラオスの村での暮らしが登場しています。
『虫食う人々の暮らし』で紹介されているラオスの農村の一年。その中で、水牛の糞玉の中でそれを食べて成長するフンチュウという虫の幼虫がいると知りました。それが「ごちそう」ゆえに、幻のフンチュウだ…と思い、読み進めました(笑)
糞玉の中で育つ幼虫を美味しく食べるために、採るタイミングをみて育てている少年が登場し、自然と共存し生きる知恵をもっていること、すごいなと思いました。
都会と田舎をつなぐきっかけになるもの、ナゴヤ文化を世界に発信する本を書いていきたい
―― これから書いていきたい本はどのようなものでしょうか?
自然と人間の関わり合いは、身近なところにもいろいろあります。また、知らず知らずのうちにその恩恵を受けたり、影響も受けたりしています。そうした日常生活での自然と関わることの大切さを再認識できるように、また都会と田舎、川上と川下をつなぐきっかけになるようなものを書いていきたいです。
また、ナゴヤ地域の文化のおもしろさを、世界に発信していく本も書いていきたいですね。
今後先生がナゴヤ文化を世界に発信する本を出されるのが、とても楽しみです。一緒に発信、頑張ります!
―― 昆虫食は異なる文化ではなく、虫を通して自然を知り、身近な虫でも食べることができる…
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