名古屋の「白しょうゆ」が農林水産大臣賞を受賞!190年以上の歴史を受け継ぐ「太田屋」の八代目にインタビュー(後編)
名古屋めしに限らず日本の食に欠かせない調味料といえば「醤油」。そんな醤油の日本一を決める「全国醤油品評会」が昨年10月に開催され、なんと名古屋市で作られた「白しょうゆ」がトップの賞である農林水産大臣賞を受賞しました。
ナゴヤビトでは名古屋人に親しまれてきた白しょうゆ造りを受け継ぐ「太田屋(菱太産業株式会社)」の八代目・太田恭平さんへのインタビューを実施。後編では、白しょうゆの現在地と未来についてさらに詳しくお話をお伺いしました。(聞き手: Swind/作家・ライター・名古屋めし料理家)
―― 話がだいぶ前後してしまいますが、ここで太田さんのご経歴について改めてお聞かせ下さい。
生まれは昭和58年。ずっと名古屋で過ごしていましたが、大学の時に一度家から離れて北海道の大学へと行きました。
大学では農芸化学方面へと進んで腸内細菌について研究し、修士までいっています。何万種類といる腸内細菌を例えばビフィズス菌はこれだけいますね、他の菌はこれだけいますね、この菌は良い菌だろうかと分析することを主な研究テーマとして手がけていました。あの頃は今よく聞くPCRというのを一日に何百回もやっていましたね(笑)
実は醤油などの発酵食品も一つの微生物で作っているっていうわけではなくて、幾つかの細菌や酵母が相互作用しながらより複雑な味を造り出しているんです。そういう意味では共通点の多い、すごくいいテーマをもらったなぁと思います。
その後は缶やペットボトルなどの容器メーカーである東洋製罐という会社に就職し、研究開発の仕事をしていました。
実は白しょうゆというのは「酸素が入ると色がつくため、ガラス瓶じゃないと流通できない」という問題があるんです。容器の問題をなんとかしないと遠くに運べないということで、容器の会社で何か変えられないかなと思っていました。
―― なるほどです。ということは、いずれ家業を継ぐというというお気持ちがあったということでしょうか?
祖父が健在のころはいつも隣に座らされ昔話をずーっと聞かされていまして、私の父曰く「ほとんど洗脳されていた」そうです(笑)
最初は機械方面をやってみたいなと思っていたのですが、高校2年生の時に祖父が亡くなったんです。ちょうど進路決めるタイミングで祖父が亡くなったこともあり「もうちょっとしょうゆに近いことやるか」っていうような気持ちになったんですよね。それもあって大学は微生物学の方へ進学しました。
いつかは戻れと言われるんだろうなと思っていましたので、就職する時もそうした話をしています。でも戻れと言われないばかりか「お前に払う給料はねぇ!」とまで言われ、経営的にも大変なのは知っていましたのでそういうことかなと実は継ぐことを半ば諦めていました。でも、それが息子が生まれたととたんに戻ってこいと言い出して、このやろうと思って(笑)
それで6年前にこちらに戻り、3年前から社長を務めています。
―― では、現在は経営を切り盛りされているということですね。しかし、ちょうど今は小麦などの値上がりもあってすごく大変ですよね。
もう小麦も塩も、ボイラなんかに使う油も値上げ。あと容器も缶の値段なんか結構ガツンときています。コロナの影響もあって稼働率が下がってるタイミングでもあり、何もかもが値上げでどうしようかなというのが正直なところです。
うちの父は昔のオイルショックの時の話をよくするんですけど、今までピンと来てなかったんです。ただ、今こういう状況になって「ああ、こういうことなんだ」と実感しています。
ただ、父は「でもあの頃まだ人間いっぱいおったでなぁ。これからは人口も減っていくし消費もどんどん減っていく、さあどうするよ?」ってニヤニヤしながら言ってきます(笑)
弊社の取り組みとしてはできるだけ上手にいい醤油を作っていこうと言っています。醤油というのは原料は同じでも仕込みの加減でエキスの出方が毎回ちょっとずつ違うんですよね。このいい時と悪い時の差が結構大きいんです。経営的にはもちろん悪いところベースで原料使用率や原価を計算するのですが、もし毎回すごいエキスが出せたなら同じ原材料からたくさん醤油を造ることも可能なんです。
実はこの取り組みは5年ほど前から進めており、最近計算できるようになってきました。今思えばこの原料利用率の取り組みも、品評会の評価も全部繋がっていたんだなと思っています。本来なら従業員たちに「頑張った結果がでてるから、利益でたぶん給料上がるよ」と言えるんですよね。しかし、今は2割原料高になってしまい、せっかくの頑張った分が原料高に持ってかれてしまっています。
じゃあ値上げするかという話もあるんですが、農林水産大臣賞をとって皆さんに白しょうゆのことを知ってもらえるタイミングなの、できれば大きな値上げなんかでネガティブな印象を持ってもらいたくはないな……と悩んでいます。
―― あー、確かに。難しいですよね
とはいえ今年に入って皆さん値上げしてきてますので、逆にお客さんから「値上げしなくて大丈夫?」と言われる状況になりました。
むしろ今までは、白しょうゆに限らず醤油全体が安すぎるということは言われています。昔は日本酒と醤油が同じぐらいの価格だったそうですが、戦後になって作り方が洗練されていき、それによって大手さん中心に値下げを進めてきた部分があります。名古屋の味噌たまり屋さんは規模で言えば小ぶりなところが多かったので、時代の流れの中でそうした業者が残りづらかった部分もありますね。
白しょうゆはそこまで価格競争に晒されていないと言われていますが、コロナ禍もあって名物女将のお店とかでも閉店を余儀なくされているところが結構ありますし、頑張ってアピールしていかないとと思っています。工場の稼働をどうにか元に戻して行くというのが目下の課題です。
―― そういう中で、太田屋さんではインスタグラムや小冊子の発行など様々な形で白しょうゆの情報発信を今やってらっしゃいます。手応えとしてはいかがでしょうか?
ちょうど昨日、冊子の4号が出来てきました。ちょっとずつちょっとずつではありますが、こちらが想定していた以上の反応いただいてるなというふうに思っています。
昔のホームページにもメニューなどを載せていたのですが、情報の出し方としては上手じゃないなと感じているところはありました。季節感も出しづらいですしね。「冬になったからこんな煮物どうですか」「春になったんでタケノコどうですかね」という出し方がいいのかなと。そこで、ホームページを新しくしたタイミングでインスタグラムや冊子の発行を手がけるようになりました。
テレビで取り上げられた時にもこうした取り組みを「妻と母、2代の女将さんが協力し合ってやっている」っていうのを面白がっていただき、それを中心に取り上げていただきました。そこから興味持ってもらう人も増え、うちの母も妻も非常に励みになっています。ただ、最初にあんまり定番たくさんいれると来年からやること無くなっちゃうかなと心配しています(笑)
一つご意見を頂く部分としては「もう少し細かく分量を知りたい」というものがあります。ただこれについては逆に書かないほうが白醤油の使い方を分かってもらえるんじゃないかと考えています。というのも、出汁とのバランスだけで考えても、取り方一つで濃い出汁だったり薄かったりと変わります。味のまとめ役は塩味になるので、だしの塩分次第で最適な分量が変わってしまうんです。なので、見栄えを中心に「白しょうゆを使うとこういうような感じの料理が作れます」というのをまず皆さんに知っていただくことを重点としています。
インスタグラムや冊子作りについては、私の妻がそういうことに明るいタイプだったので組み立てから全部がやってくれました。私はインスタのアプリすら入れたことなかったんですが、いざ初めてみると皆さんの反応がすぐ分かって楽しいですね。
―― そうした情報発信を続けられる中でまたいろいろな発見もあると思うのですが、改めて白しょうゆの魅力についてお聞かせ下さい。
白しょうゆの特徴としては「香りの調味料」であることは確かですね。煮物の中でも仕上げの香り付けてとしてちょっとだけ入れるとかそういう使い方ができます。
また、白しょうゆは醤油とは名乗っていますが、皆さんがイメージする醤油とは違う思います。たまりを含め一般的に使われている醤油の味や香りというのは一番日本人が安心する風味だと言われています。でも、実は醤油はすごく「強い」調味料なんですよね。一歩間違うと「おめかししてるのに上から塗っちゃった」みたいな何でも同じ味になっちゃうかなと。
普通の醤油と比べると白しょうゆはぐっと控えめで、いろんな食材と合わせやすく、素材の味を下支えしてくれる調味料だと思っています。最近もある飲食店さんから「普通の醤油のポン酢では素材の香りを悪い意味で消してしまって素材そのものの善し悪しが分かりにくくなってしまうため、白しょうゆでポン酢を作ってみたい」というご相談を頂いたこともありますね。
逆に言えば白しょうゆはごまかしが利かない調味料とも言えます、下ごしらえに手抜きしたらバレちゃうかもしれません。
―― 太田屋さんの白しょうゆを知ってから私もいろいろと白しょうゆを使って料理を作ってみているのですが、白しょうゆは醤油というよりもむしろ「煎り酒」に風味が近い部分があるのではないかと感じています。
※煎り酒とは日本酒に梅干や鰹節等を加えて煮詰めた調味料の一種。醤油が一般的に普及するはるか前の奈良時代頃から使われており、ここ数年で再び注目を集めている。
煎り酒、最近ちょっと話題になってますよね。うちの妻も買ってきたので試したのですが「それ、白しょうゆじゃん」って。
煎り酒も赤身の魚よりも白身に合うんですよね。醤油では味が濃いんだよなっていう感覚はもともとあったんだろうなと思います。そう言う意味では食文化的に煎り酒という下地があった上で白しょうゆができた形になりますので、白しょうゆもすんなりと受け入れられたのかもしれないですね。
他の白しょうゆ屋さんは「塩の代わりに」と言っていることが多いのですが、うちは私の祖父が白身のお刺身を白しょうゆで頂くのが好きだったということもあり、つけ醤油としても使えるものをということを意識して味の設計を行っています。
―― 私も白しょうゆでお刺身を頂いたのですが、本当に感動しました。
自分も煎り酒はつい最近知ったんですけど、うちの白しょうゆが目指している使い方の方向性と結構近しい所があるなっていうのは思いました。煎り酒でやってたよって言う人は白しょうゆも使えるなと思いますよ。
作り手としては自分のそれぞれ皆さんの家庭の味に組み込んでもらいながらも「白しょうゆ」という存在感を出せる、そんな調味料を作りたいなと思います。
―― インスタグラムなどでもたくさんの料理を発信されていますが、太田屋さんの白しょうゆを上手に使うオススメのレシピ、試して欲しいレシピをぜひお聞かせ下さい。
まずはやはりお刺身ですね。鯛や平目などの白身魚はもちろん、甘エビや貝類などはぜひ白しょうゆで試してただきたいです。
それから長芋の煮物、お出汁と白しょうゆでシンプルに炊いたものですがこちらもオススメです。
あとは茶碗蒸しや、今の季節ならハマグリのお吸い物などもいいですね。
中華系なら「あんかけ焼きそば」。両面をかりっと焼き上げた焼きそばに白しょうゆを使ったあんをかけて頂くのもオススメです。洋食系では「ボンゴレビアンコ」なんかもいいですね。
他にもサラダのドレッシングだったり、シンガポール料理の「カオマンガイ」に使ったりと、とにかく何にでも使うことが出来ます。他にも、あたためた冷凍うどんに昆布茶と白しょうゆと玉子を絡めただけのものをよくおやつにしていました。
―― どれもとっても美味しそうです! また、実際使ってみると唐辛子や胡椒などとの相性もすごく良いんですよね。どちらも強いはずなのに、白しょうゆがバランスを取って支えてくれるような印象を受けました。
ありがとうございます。白しょうゆは色んな料理に合いますし、他の食材の香りを邪魔しないので、例えば好きな香辛料と組み合わせるというのもやりやすいです。素材本来の風味を大事にしたいっていう時にはすごくマッチするかなと思っています。
普通のお醤油や「白だし」は使ったことがあっても「白しょうゆ」は使ったことがないという方もいるかもしれません。ぜひ一度「醤油」「白だし」「白しょうゆ」の違いを感じてもらって、白しょうゆの味わいの特徴や美味しさを知ってもらいたいです。
―― 使ってみると本当に何でも使えるんですよね。
まず一本使ってみてもらえれば使いこなせるようになると思います。一度失敗したぐらいでへこたれないで、とにかく一本は使ってみて欲しいです(笑)
―― 今回、農林水産大臣賞を取られて次どうしようっておっしゃってましたけど、今後やっていきたいことやこうなって欲しいなと思っていることなどありましたらぜひお聞かせ下さい。
そうですね、白しょうゆを使った名古屋のご当地ラーメンを作ってほしいですね。
その一方で、会社でキッチンカーが欲しいなというのは思っています。以前にちくわのヤマサさんがハワイアンフェスティバルか何かでキッチンカーを出して、ハワイっぽいいろんなちくわ料理を出されていたんです。それを見て、ちくわって何でもありなんだなと思いまして(笑)
白しょうゆも「こういう食べ方があります」というのを無理やりにでもいいから出していって文化を作っていきたいと思っています。「名古屋に根付いた調味料」としての立ち位置を崩したくはないので、名古屋の家庭ってこういう「白しょうゆ」を使っているんだよっていうようなものをもう一度作りたいですね。
―― ありがとうございます。最後になりますが、この記事をご覧頂いているご飯が大好きな皆さんにメッセージをお願いいたします。
今更何を言おうかという所ですが(笑)
もともとは気取った場面に使われることが多い白しょうゆのですが、全然気取らずに使ってもらいたいという想いがあります。
出汁をひくのも別に顆粒だしでも全然構わないと思っていて、例えば顆粒だしと白しょうゆとごま油とを混ぜてサラダのドレッシングにするのも良いと思います。普通の醤油の置き換えでも、ふとした時に「これに使ってみようかな」「白しょうゆでやるとどんな味になるのかな」という感じで使ってもらえるとうれしいですね。気取った使い方とそうでない使い方と、皆さんのアイデアでどちらも楽しんでもらえればと思います。
白しょうゆの受賞が最近連続していることもあり、同業者には「もう向こう三十年農林水産大臣賞は取れないんじゃないか」と脅されています(笑)ただ、作り手としてはマズくなったとは決して言われないよう、これからも「太田屋の白しょうゆを使っておけば間違いない」とい言われるようなものを作って行きたいと思っています。
―― 長時間にわたるインタビュー、本当にありがとうございました。
味噌やたまりをはじめとした「濃い味」が主流の名古屋めし文化の中において真逆とも言える存在の白しょうゆ。しかし、今回のインタビューを通じて、白しょうゆの味わいもまた名古屋で育ち名古屋にしっかりと根ざした大事な食文化の一つであることを知ることができました。
太田屋さんの「超特選 白醤油」は栄オアシスにある愛知県産品アンテナショップ「ピピッと!あいち」にて購入可能。ぜひこの機会に白しょうゆの味をもう一度味わってみて下さい。
The post 名古屋の「白しょうゆ」が農林水産大臣賞を受賞!190年以上の歴史を受け継ぐ「太田屋」の八代目にインタビュー(後編) first appeared on ナゴヤビト.
この記事へのコメント